
ayat1181:さてさて、今日のDJインタビューはご存知の方もきっと多いであろう「Flower Records」の代表取締役で、DJ、プロデューサー、Little Big Beeとしても活動をされていらっしゃる高宮永徹さんです!
高宮永徹:どうも、よろしくお願いします。
ayat1181:いやあ、お会いできて本当に光栄です。では、さっそくですが高宮さんがDJを始めたきっかけから教えてください。
高宮永徹:そうですね、僕の場合は最初クラブはお客さんから入った感じになるんですけど…遊びはじめてからしばらくして、僕もDJをやってみたいなと思い、始めたのがきっかけです。
ayat1181:高宮さんはいつごろからクラブへ遊びに行くようになったのでしょうか?
高宮永徹:クラブは19歳の時からですね。西麻布界隈へよく遊びに行きました。この頃ちょうどシカゴハウスが盛り上がっていましたね。
ayat1181:もともとそういったDISCOシーンやシカゴハウスなどには興味があったのですか?
高宮永徹:ええ、僕は小学生の頃から洋楽を好んで聴いていました。レコードもよく買っていましたよ。買ったレコードはソウルミュージックやディスコミュージックが多かったですね。
ayat1181:小学生の頃から洋楽を嗜んでいたんですか?渋い少年だったんですね…
高宮永徹:渋いですか?(笑)ちょうど映画のサタデーナイトフィーバーが日本で公開された時期でもあったので、洋楽はこの頃日本ではやっぱり注目されていましたね
ayat1181:ちなみに高宮さんが初めてDISCOに行き始めたのはいつぐらいでしょうか?
高宮永徹:えーっと…僕はこの頃東京の立川に住んでいたんですけど、かつて立川には米軍立川基地があって、現在はその跡地の大半が国営昭和記念公園になってますが…
ayat1181:ええ?昭和記念公園って米軍基地の跡地だったんですか?
高宮永徹:ああ…やっぱり若い子は知らないのかな…?
ayat1181:いえ、多分私が地方出身だからだと思います…無知ですみません…
高宮永徹:で、その米軍基地の影響もあって、立川には黒人系DISCOがあったんですね。そこによく遊びに行っていまして、DISCOミュージックをよく聴くようになりました。
ayat1181:ちなみにそれはおいくつの時ですか?
高宮永徹:中学3年生の時なので…14〜15歳のときですね。
ayat1181:おおお…時代ですね…
高宮永徹:そうですね、今みたいに入場にIDチェックとか無いですからね。クラブデビューは19歳の時でしたが、DISCOデビューはこれだったと思います。
ayat1181:その、DISCOとクラブの線引きみたいなものの目安ってありますか?
高宮永徹:これは世間一般的な線引きではなく、僕の持論なんですけど、DISCOが大衆向けで、そのアンチテーゼとしてクラブが生まれたと感じています。DISCOとクラブとでは認識がだいぶ違うと思いますよ。
ayat1181:なるほど…では、高宮さんがDJを始めたのはいつごろからでしょうか?
高宮永徹:僕が22?23歳のときですね。西麻布界隈で一緒に遊んでいた友人たちと一緒に立川でパーティーを立ち上げたんです。営業が終わった社交ダンス場にみんなで機材を出し合って、スピーカーとか持ち込んでいました。手作り感がすごくあるいいパーティーだったと思います。ミラーボールもあったのでクラブっぽい雰囲気も出ていましたよ。告知はフライヤーだけでしたが、気が付けば300人ぐらいが集まる大きなパーティーになっていました。
ayat1181:立川で300人ってすごいですね!
高宮永徹:ええ…何気に専門学生やバンタンの方が多く来てくださってて、みなさん遠くからわざわざお越し頂いていました。結局このパーティーは途中で八王子のシェルターや渋谷のケーブルなどで場所を変えながらも通産100回くらい開催しました。96〜97年あたりまでかな?
ayat1181:このときからHOUSEのDJとして活動されていたのですか?
高宮永徹:うーん…世間的に僕はきっとHOUSEのDJでHOUSEのクリエイターという認識が強いと思うのですが、「僕はHOUSEのDJだ!」って意識をして活動しているわけでもなかったりします。小さい頃からそうだったのですが、聴く音楽ジャンルに壁があまりなく、何でも聴いていたので…ちなみに僕が22歳のときにDJを始めた時はソウル、ファンク、アシッドなどを回していました。
ayat1181:そんな高宮さんがHOUSEミュージックというものに特別魅力を感じる部分はありますか?
高宮永徹:もちろんです。ビートとベースラインがまさに「踊るための音」という感じ…ぜい肉をそぎ落とした、装飾を落とした素直なダンスミュージックという感じはとても好きですね。まさに身体で感じる音楽だと思います。
ayat1181:なるほど…それでは、そろそろ本題ともいうべきご質問をさせて頂きたいのですが、高宮さんはDJであると同時にflowerrecordsというレコードレーベルの社長さんでもあるわけですが…そのflowerrecordsというレーベルを立ち上げた時のお話を少し伺ってもよろしいでしょうか?
高宮永徹:はい、僕が20代後半になったとき、既にDJ稼業のみで食べていける状態になれていたのですが、何かもう一つ新しいことをやりたいなと思って、先輩たちのバックアップもあって、1995年にflowerrecordsを設立しました。
ayat1181:Flower Recordsを設立されたとき、高宮さんはおいくつでしたか?
高宮永徹:ちょうど30歳になったときだったと思います。やっぱり30歳って一つの区切りみたいな意識はありましたね。
ayat1181:立ち上げるにあたって、一番ご苦労をされた事は何でしたか?
高宮永徹:いやあ…正直に話すと、僕はレコードショップで働いたことも、レコード会社に勤めたこともないんですよね…それなのに、とりあえず勢いで会社を設立したものの…レコードをプレスしてリリースして、宣伝して…っていう一連の流れを一体どうやったらいいのかって…それが一番の苦労でしたね(笑)ですから、ものすごく必死にいろんなことを勉強しました。ここまできた以上はやるしかないし、先輩や周りの人たちも応援してくれたので、絶対に形にしようと。
ayat1181:いや…大したバイタリティですよね!尊敬します。30歳っていう年齢って割と守りに入る人が多いと思うんですけど、そこから何かを始める勇気ってなかなか無いと思うんです。
高宮永徹:そうですかね?(笑)ちょうどFlower Recordsが設立された95年ぐらいにクラブシーンというものも一般化してきわけですが…自分で曲を作る人が折角いても、発表する場所がなかなか無かったんですよ(ね←トルツメ)。(たとえば←トルツメ)海外のインディーズレーベルは、特にHOUSEはたくさんありましたが、日本にはインディーズという概念すら薄くて、折角の才能を持て余す人が多かった気がします。
ayat1181:では、Flower Recordsはそういった才能を発信するために作ったのでしょうか?
高宮永徹:ええ、本当にそのとおりです。先ほども言いましたが、僕は20代後半でDJ稼業だけで食べていける様になりました。だけど、それって人とのつながりがあったおかげで、僕一人の力ではありません。そういったお世話になった方への恩返し的な意味合いもあります。僕が今までそうやって受けてきた恩恵を次は自分の後輩へ与えたいと強く思ったのです。
ayat1181:あ、なるほど…そうだったんですね…
高宮永徹:ええ、次は僕が若手の受け皿を作って、これからの時代を担う若手の作品をリリースし、そうすることでチャンスをみんなで共有していけたらなと思って。
ayat1181:ちなみにFlower Recordsからこれからデビューする新人さんの中でイチオシの方は誰かいらっしゃいますか?
高宮永徹:居ます居ます!丁度11月下旬にファーストレコードをリリースする「Ryo Kawahara」という24歳の男の子です。彼は実力者ですよ!Flower Records期待の新人です。すでにいろんな所で試聴が出来るのですが、そこでの音の評判が本当に良くて、レコードショップの予約注文もけっこう入っているようです。
ayat1181:(ここでFlower Records広報担当の方から所属アーティストさんのアルバムを手渡される)うわ、ルックスもかなりいいですね。
高宮永徹:ええ、線が細くていい男でしょ(笑)
ayat1181:では是非Tokyo House Musicの方でも大々的にPRさせて頂きます。
高宮永徹:ありがとうございます!いや、本当に嬉しいです。
ayat1181:ああ…やっぱりこういう会話をしている時の高宮さんは社長さんですね。
高宮永徹:そうですね…プロデュースなども全て僕の仕事ですから、Flower Recordsからデビューする新人さんが注目を集めてくれたらそれは自分のことの様に嬉しいです。
ayat1181:いやあ…そんなこれからの若手のバックアップと受け皿作りをして下さっている高宮さんだからこそ、これからDJを始めたい人たちへのメッセージは是非是非伺いたいです。
高宮永徹:メッセージ…難しいですね…でも、とりあえず言えることは、どんどん色んなパーティーへ遊びに行くこと、そこで人と触れ合うことです。接してみてコミュニケーションを取ってみて、自分と気の合う人、価値観の近い人を見つけて、仲間と呼べる人たちをいっぱい作ってください。
ayat1181:なかなか声をかけ辛いという奥手くんはどうしたらいいでしょう?
高宮永徹:でしたら店員さんに話しかけてみるといいですよ。店員さんでしたら他の全く知らない人に声をかけるよりもハードルは高くないと思います。何か仕事している時に声をかけるんじゃなくて、カウンターに立って待機をしている時とか、手の空いている時を狙ってください。
ayat1181:なるほど…
高宮永徹:クラブって音楽だけじゃなくて色んな人が集まるコミュニケーションの場所でもあると思います。DJ業は出会いで広がっていくものだと思うので、たとえばお店の店員さんだったり、その日回していたDJさんでもいいです。自分から積極的にコミュニケーションを取ることを大事にしてほしいですね。
ayat1181:技術面などのアドバイスはありますか?
高宮永徹:うーん…技術面は練習すれば自然に身に付くことなので特には…。DJに一番大事なのはとにかく「空気を読む」ことだと思うので…コミュニケーションがヘタで時々失敗してもいいんですよ。若いうちの失敗なんていくらでも許されます。怖がらないでほしいですね。失敗を繰り返しながら相手の気持ちを察したり、空気を読む力が身について来ますから、コミュニケーション能力を上げることから頑張ってほしいなって僕は思います。
ayat1181:なるほど…やはり経営者でもある高宮さんのアドバイスは非常に興味深いですね…ありがとうございます!
高宮永徹:そうですか?(笑)いや、こんなのでいいのかな?けどやっぱりDJとか他の業界もそうですけど、世間的に「カッコイイ」って思われる職業って大変なんですよね。本当に好きじゃないと心が折れちゃいます。折れそうに鳴ったとき近くに仲間が居るとすごく心強いと思うから、そういった仲間をたくさんクラブで見つけてほしいですね。
ayat1181:いやあ…今日は色々と貴重なお話をたくさん頂きましてありがとうございました。
高宮永徹:いいえ、こちらこそどうもありがとうございました。aya_t1181の感想:
いやあ…やっぱり経営者でもある高宮さんのお話は一味違った 観点から伺うことができてとっても勉強になりました。 一番印象的だったのは、ご自身のFlower Recordsのアーティストさんのお話をしているとき、 とっても優しいお顔をされるんですね。まるで自分の宝物を扱う様に大事に大事に しているという感じがしてとても素敵だと思いました。 有名レーベルの社長さんでもある方なのでちゃんとお話できるか心配だったのですが、 とっても気さくでお話しやすい素敵な方でした。











